はじめまして!
千葉在住6人の子供を持つ58歳です。
日本を出来る限り良い状態で子供達に残したく自分で学べるものを得て子供に伝えたいと思っています。
どうぞ宜しくお願い致します。
初めまして、平川浩之と申します。(61才、福岡出身)
お金よりも生きる力、仲間、コミュニティが大切になってくると思い、28年間の会社員(銀行4年、総合商社24年)生活を辞めて、2016年1月、東京から八ヶ岳に移住して、リングリンクというイベントホールとシェアハウスを運営しています。
「ひとりひとりが幸せで豊かな世界を創るにはどうすると良いか?」をテーマにして、本質的なことを追求している方のお話し会、講座、ワークショップ、リトリートを開催しています。
2025年、2026年は「愛と平和の祭典」の他、イベントを月に数回開催していますが、2027年は、時代の大転換に備えて、志、精神性が高いみなさまと繋がっていきたい、その様な 企業をサポートしていきたいと考えています。
以上、よろしくお願いします。
お申込はこちらのフォームに記入して送信してください。
大学卒業後、霞が関の役所に16年間在職いたしました。そこでは、租税制度、物価問題、コミュニティベースの地方自治のあり方、農林水産予算、保険・銀行行政、国税執行など、多岐にわたるテーマを扱いました。その後、外資系コンサルで金融ビジネス業務に関するコンサルや、生命保険会社の再建等に関する仕事に携わり、また、大手流通企業においては経営に携わり、リスク管理、事業構造の再編などに取り組んできました。(現在は、自分と向き合いながら日々を過ごしております。)
これらの仕事の中で、私の一貫した問題意識は、「お金(Money)」とは何か、ということであり、時間拘束を前提とするお金の存在は人の奴隷化であり、いわゆる宗教と同じように、人を支配従属させるための手段ではないかということでした。そして、金融資本主義は、資本家利益を大きくするために大量生産・大量消費・大量廃棄を是とし、自然、人間を無駄に消耗してきたと思っております。現在、この仕組みが限界を迎えようとしていると感じております。また、同時に借金による貨幣供給システムも同時にその許容範囲を超えてきております。米国債金利や日本国債金利の動きはまさにその状況を示しているのではないでしょうか。
また、農業予算を通じて、安心して食べていくためには自分たちの食料は自分たちで作ることを前提に考えていく必要があるということで、東日本大震災を契機に、栃木県に菜園付きの家を手当し、草を友としながら無農薬・ほぼ無肥料栽培で野菜づくりを行ってきております。今はまだ、東京ベースの二拠点生活ですが、そのウエイトを栃木に移そうと考えております。
宇宙のルールに従い、自然に感謝し、生きとし生けるものを慈しみ、人が協働・協生できるコミュニティベース社会の実現は、民を守らない国家に代るものとして必要なものであると思ってきたところであり、荒谷さんの考えに賛同するものであります。
よろしくお願いいたします。
初めまして。愛媛県松山市在住の小林と申します。
荒谷先生から多くのことを学びたく参加いたしました。何卒よろしくお願い申し上げます。
私自身も元自衛官であり、現役時代に培った自衛隊格闘指導官としての技術と、長年嗜んでおります空手を融合させ、現在は「護身道無我無心塾」を主宰し、地域での指導を行っております。
【護身道無我無心塾 公式サイト】https://goshinmugamushin.com/
現在は会社の意向により中国にて勤務しておりますが、将来的な愛媛での拠点づくりや「武」を通じた地域社会・共同体への貢献を見据え、積極的に連携・協力してまいりたいと考えております。
今後ともご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願い申し上げます。
いよいよ、明日(23日)から稲刈りです。
お陰様で、今年も順調にお米が育ちました。
斎庭稲穂の神勅
「吾が高天原に所御す斎庭の穂を以て亦吾が兒に御せまつるべし。」
吾が高天原に作る神聖な田の稲穂を、わが子に授けましょう。
この斎庭稲穂の神勅によって、日本国中で栽培される稲は、ことごとく「天照大御神からの授かりもの」という位置づけになります。
民は、その稲を栽培するわけです。そして私たちは、その稲から成るお米を日々いただきます。
神とその暮らしを地上(日常)でそのまま現そうと努力する。
この世を高天原(天国、極楽浄土)にする。
保田興十郎
「我が国では、文明は米作りが原因だった。我が国の神話はこの時に晴々しく語られた。瑞穂の国。この国は米を作る国だと建国の宣言は神々の勅語として述べられた。この上なく明るい暮らしが、道徳そのものである世の中の仕組みを語られた。日本の神々はただ一つの仕事をされた。それは世に道をひき、暮らしの根本を教え、その米作りという暮らしによって、道徳を定め、人道に永遠の希望を与えた。」
「(宇宙自然の摂理に従い生きていく日本の)祭祀の精神は今も生活そのものとして伝えているものがある。そこには観念の道とはならない、道の道なる姿のなお残存するものが多いのである。道の言挙げではなく道そのものが残っているという意味である。すなわち『農』を以て国体と為す所以もここにあったのである。『農』は祭祀一致の根本にて『農』の生活が道として祭祀精神の根底を伝えているから国の基という。その根底は今も伝わり、万代も伝わるのである。ここでいう『農』は水田の米作りである。」

令和8年の御千度・皇居提灯行列が無事執り行われました。
ご参列の皆さん、誠に有難うございました。
江戸時代後期(1764年から)、老中田沼意次の中央集権化と重商政策(農の商業化、田畑の売買、過剰開発、緊縮財政、実力主義の人材、株仲間の推奨、増税等)により、天明の大飢饉が発生(推定2万人が餓死、人口が98万人減少)。庶民の間では、幕政に反対する「打ちこわし」などが発生。同時に「政体委任論」即ち幕府は天皇に委任された政体に過ぎず天皇の権威で世直しを求める動きが顕在化した。その具体的動きとなったのが、京都御所の周りを老人が御千度(提灯を持って祈願しながら歩く)したことを切っ掛けに、3日後には1万人、10日後には7万人の後千度参りの行列ができた。これをご覧になった光格天皇が、幕府に窮民救済を指示し「救い米」2千石を放出させた。幕政への政治的関与を奪われていた天皇が動いたのであった。これが、幕末の孝明天皇の国難に対する幕政指導となり明治維新へと繋がっていく。
今の世は、当時と同じような政府の腐敗と悪政により,日本国民が急速に貧困化し、戦後政体にはこれを改善する自浄能力がないことが判明している。占領憲法と傀儡政府によって奪われた天皇の政治指導力こそが日本再生の道ではないのか。
そうした国民の思いを天皇陛下にお伝えするのが、この提灯行列の思いです。
ご参列された皆さんの行動が、日本の歴史に刻まれることでしょう。







