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カテゴリー: 日々

日々の生活雑記

先週の週末から、大勢の方が「むすびの里」にお出でになりました。
星さん、食事、お掃除などいろいろときっちりやっていただきありがとうございました。岩井君、朝比奈君、田んぼ、草刈り、地均しとフルに仕事していただきました。ご苦労様!
松浦さん、畑作りから田んぼの畦塗までありがとうございました。
そして、神谷さん率いる「イシキカイカク大学」の皆さん薪割ご苦労様でした!

さて、今日は、朝から「畑作り」。
これまでも、少しは試してみたものの、あっという間にシカ・イノシシの食事になってお終い。
今回は、本格的に畑に挑戦です。
自分たちで食べるだけなので、先ずは10m×10mから。
しかし、大又川沿いの石ころだらけの土地は鍬では歯が立たず、ユンボ出動!
土地の守り神のような大石まで出てきました。

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ということで、この大石は、畑のシンボルに。
本日は石ころの除去まで。
まだまだ続く。

畦づくり

雨上がりの快晴の朝、桜の花吹雪を眺めながら朝食。

田んぼに土を重ねると書く「畦」という字をそのままに、今日は、一晩で水が抜けてしまった田んぼの畦づくり。
空をトンビが飛び、田んぼを愛犬ひさが走り回る。

田んぼの中で「オケラ」とも遭遇しました。

仲間の皆さん。田んぼのお手伝い、いつでも大歓迎です。

稲作

今日、田んぼに水を張りました。
31日に本郷の皆さんと掃除をした堰に、大又川の清流が注ぎ込み、耕した田んぼに広がっていきます。


なぜだかわかりませんが、とても嬉しく、生きる気合がみなぎりました。

いいお米を作り、飛鳥神社に奉納したいと思います。

~~~「サムライ精神を復活せよ」から抜粋~~~~~~

稲作文化は、日本社会に共同作業を通じた共助文化を形成しました。稲作は人々をその土地と共に生きる文化を育みました。
その土地の自然風土、その土地のエネルギーである産土(うぶすなの)神、その土地の歴史と未来、その土地に生きた祖先、その土地のすべての生き物と一体となって生きる人々が在所共同体です。
その土地の歴史を継承し、未来を創造するため、その土地の生命活動に加わり、全力で生を全うしようとする人々です。在所共同体の生命活動は、人間が地球、そして宇宙の生命活動に参画する最も自然的な状態で、この在所共同体があっての国家、そして世界が存在するのです。
在所共同体は一体として成長する生命共同体ですから、個人の成長は社会の成長であり、そこから自然に共に生きる人々の横のつながり、祖先や子孫との縦のつながりへと広がります。絆と共助が生まれ、「まめまめしい」「気が利く」「思いやり」などの「和」の文化が育まれます。
その共生共存共栄の文化は慣習秩序を醸成し、「利他は徳」「人様に迷惑をかけない」「世のため人のため」といった社会規範が自然にできてきます。

むすびの里開花宣言

ようやく、むすびの里の桜が開花しました。
この1か月、毎日何度も、つぼみの様子を見ては「もうすぐかな?まだかな?」と、わくわくしながら桜の花の成長を見守ってきました。
それだけに、本当に晴れやかな気分です。
こぶしも花を咲かせました。

昔の人は、田植えの時期に神様が山から下りてきて桜を咲かせると言い伝えたそうです。
だから、神様にお酒をお供えし、直会としてお酒をいただいたのが、花見酒の起源だとか。
今私たちが何気なく行っている風習の多くは、稲作と神様が起源なのでしょう。

熊野市飛鳥周辺の歴史

三重県友の会熊野支部の開催する史跡研修に参加させていただきました。
ここ飛鳥一帯は、京都から見ると吉野の奥に当たる地域。
吉野に皇居を構えた南朝の人々が、今日の勢力に追い詰められて行く先は、北山を経て熊野市の流谷(五郷~飛鳥一帯)になるのでしょう。
昔は、役行者も通ったであろう修験の道「大峯奥駈道」を敵に追われてくる道のりは厳しかったはずです。

飛鳥町には、後南朝の皇子たちの遺跡が多く残されており、特に南朝最後の皇子「市河宮尊雅親王」終焉の地「光福寺」は感慨極まるところであります。
また、五郷の隣の神川町には後醍醐天皇の皇子「大塔宮護良親王」がお隠れになった竹原八郎屋敷跡が「花知神社」として残っており、護良親王と竹原八郎が祀られています。

南北朝の時代は、今の私たちに、たいへん多くの教訓を示唆してくれます。
「天下は破れば破れよ。世間は滅びば滅びよ。人はともあれ我が身さえ富貴ならば」
これは、日本史上最も穢れた足利治政下の世情を現したものです。
まさに、南朝が滅びると時を同じくして応仁の乱がおこり、日本は「和」の利他の文化を捨て、下剋上に象徴される利己主義に覆われます。
「国は破れようが、社会が滅びようが、自分さえよければそれでいい」という現代の日本の世情は、まさしく、日本史上もっとも醜かった戦国時代に酷似しています。
天皇陛下の大御心を無視する政治に支配されると、日本は醜い国に成り下がるのはいつの世も同じです。

このような人心が乱れた世を修理固成できるのは、天皇陛下とその大御心に副い奉る国民しかおりません。
最後まで、南朝天皇と皇子を支えた流谷の人々の偉業を、私は継承したいと思います。

春を味わう

むすびの里も、ようやく春の気配があちらこちらから感じられるようになってきました。

今日は、さっそく「フキノトウ」を味わいました。

食前感謝
たなつもの百の木草も天照日之大神の恵み得てこそ
「いただきま~す」

神祀り

むすびの里には、神社が3か所あります。

私が住んでいる「おやじの館」には、荒谷家先祖代々の御霊を祀る祖霊社

韴霊武道場には、皇大神宮大麻(天照大神)、石上神宮大麻(韴霊大神)、飛鳥神社大麻(産土神々・祓戸大神)を祀る神棚

屋外に、山の大神を祀る祠

月初めの1日、供物と榊を新たに神恩感謝の祈りを捧げました。

また、今年から、飛鳥町小阪本郷の「こうじんさま」の清掃のお役をいただいたので、おつとめをしてまいりました。

早春の晴れ晴れとした空のように、清々しい気持ちの一日でした。

田んぼ

むすびの里では、森の仕事が一段落つきました。
これから、伐採した木を使って作業小屋、あずまや、露天ひのき風呂等を立てる予定です。

伐採した『キハダ』のきれいな黄色

3月からは、田んぼの仕事が始まります。地元の皆さんのご指導を受けながら美味しいお米を作りたいと思います。
仲間の皆さん!お手伝い宜しくお願いします!!
将来的には、高齢化により休耕になっている田んぼを少しでも復元していきたいと思います。
その土地の自然の神々、ご先祖様、人々、一緒に仕事をする仲間、それらすべてとの共生創成生活としての「農」。
それが日本を復元させる一つの道だと思います。

休耕田の稲わらを搔き集めて夢への飛翔

子供の仲間のむすびの里感想文

年明けから、多くの仲間が、むすびの里を、入れ替わり訪ねてくれました。
むすびの里の仕事づくめで2週間以上滞在した仲間もいました。
皆さんありがとうございました。
その中で、中学1年生の仲間の優希が、むすびの里の感想文を書いてくれましたので紹介します。


<感想文>
私は、熊野飛鳥むすびの里でたくさんの初体験をしました。その中で、特に印象深かった事は三つあります。
一つ目は、薪ストーブです。ガスストーブを見た事はあっても、本当に木を燃やして暖める薪ストーブを見たのは初めてでした。はじめは火が怖くて、怖さと興味が半々くらいでしたが、火の番に慣れてくると、自分でひょいひょいと薪を入れる事が出来るようになりました。薪を手で直接ストーブの中に入れるのは、怖くて出来ませんでしたが、次々と形を変えていく火を見るのは本当に飽きなくて、とても綺麗でした。食後に皆でストーブを囲むと、まったりとした雰囲気が良くて、心も温まりました。都会と違って沈黙も全然嫌ではなく、落ち着いた良い空気を作り出してくれていました。
二つ目は、花の窟神社のお綱掛け神事です。イザナミノミコトが亡くなったという日本書紀にも載っている、日本最古の神社の一つにワクワクしました。お綱掛け神事では、その場にいる人全員で、御神体の大きな岩(数十メートルはある)のてっぺんから海岸まで綱をかけました。はじめは皆で持っていて、ほとんど手を添えるだけだったのに、綱が少しずつ空に持ち上がって行くうちに鉛のように重くなっていって、持つのが大変でした。しかし、自分たちがかけた綱は壮観で、日の丸の扇や花が垂れ下がっていて、とても綺麗でした。それに、皆で神事に参加することで連帯感が持てた事が嬉しく、参加出来て良かったと思いました。
三つ目は、荒谷先生の特別稽古です。冷たい空気の中、ピリッと心身共に引き締まりました。しかし、先生の話と呼吸法を教えてもらっている間に足がしびれ、父子共に転んでしまいました。恥ずかしい限りです。合気上げや片手持ちの投げ技を教えていただきました。最近の稽古でも思いましたが、まだまだ力任せになっていたり、相手の人が自分から投げられようとしている感じがしました。しかし、荒谷先生と大石さんに脇を締める大切さや、体の動きを細かく教えていただいたので、最後の方は少し上達したと思います。この稽古で教えてもらった事を忘れないように、父と練習しようと思いました。身を入れて稽古に励んで、早く初段になりたいです!
熊野は本当に自然の恵みが豊かな土地だと思います。山や海に近く、とても綺麗な川がすぐそばを通っています。夜はプラネタリウムなんて目じゃないほどの、一つ一つが大きい満天の星を見ることが出来ました。それらを日常的に見ていたであろう、昔の人が羨ましくなるほどです。荒谷先生が少しおっしゃっていましたが、今の日本人は西洋人の暮らし方をしているので、様々な点で効率が悪く弱くなっているそうです。私も、たった一日薪割りをしただけなのに、手にまめが出来たり、自分が思いの外寒さに弱かったりして驚きました。熊野の自然を見ていると、西洋化や利便性の向上が、少しもったいなくなりました。日本人にあった生活をすれば、綺麗な自然を見ることが出来るからです。熊野での生活は、日々の雑念がすっかり取り払われる、濃くていい時間の過ごし方が出来ました。まるで自分の田舎のようでした。これからも、機会を見つけては行事に参加したり、訪れてお手伝いをしたいです。熊野が行き過ぎた都市化や、人がいなくなる過疎化をしないように、私もこれから出来る事をしたいと思います。


優希、ありがとう。
またきてくださいね。

図書館・研修室「士卒復覚塾」完成

「むすびの里」での、修学や講習会で使用する図書館兼研修室「士卒復覚塾」の壁の全面塗り替えと床の改修が終わりました。

壁は、水戸の株式会社「根子左」社長根子清さんの薦めてくれた自然素材漆喰系珪藻土「エコ・クイィーン」を地元のベテラン左官の平谷さんが塗ってくれました。
それまで、湿気で黴臭く本も弱ってしまうほどの部屋が、匂いも湿気もない快適な部屋になりました。
本当に素晴らしい効果です。根子さん、平良谷さん、ありがとうございました。

さて、「士卒復覚塾」の名前は、古事記の神武天皇東征のお話に由来します。
『神武天皇と皇軍が熊野に上陸し大和へ向かう途中、熊野の神様の気に中てられて気を失ってしまった時、天照大神と高木神の命令で建御雷神(タケミカヅチノカミ)の刀(フツノミタマ)を高倉下(タカクラジ)に高天原から降ろし、神武天皇のもとへ持って行かせた。すると、神武天皇は目を覚まし、皇軍士卒も再び目覚めた。』というお話です。
今の日本は、日本人が日本人であることを忘れかけたがために、国内外の毒気に中てられ、日本人としての問題の解決策を見失った状態のように見えます。
現代の諸々の問題を解決するためには、毒気を含んだ理屈に振り回されることなく、日本人が日本人として目覚めることこそが必要なのだと思います。

そのような思いで、「むすびの里」の学びの場を「士卒復覚塾」としました。
私は、「むすびの里」を、先に修理を終えた「韴霊(ふつのみたま)道場」で心身を錬磨し、「士卒復覚塾」で知能を啓発し、日本を救済し世界を平和へと導く人間育成の場としたく思います。