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カテゴリー: 日々

日々の生活雑記

山の神

滞在中の仲間長島さんをはじめ、池崎さん、平原さん、脇坂さん等の力をかりて、「むすびの里」の山の神の磐座に注連縄を張りました。

御神体が、一層神々しくなり、感謝の祝詞を奏上しました。

米の花

5月に植えたお米の苗の稲穂が花を咲かせました。
稲穂が出てくるこの瞬間が、本当に有難くうれしいです。

日本全国の休耕田を生き生きとした田んぼに再生できたなら、どんなに美しい国になるだろうかと思います。

オーストラリアのTV番組制作

7月22日~25日、ドキュメンタリー番組のプレゼンターとして数々の賞を獲得しているTodd Sampsonさんが、オーストラリアの人気番組「Body Hack」で日本の武道を紹介するため、オーストラリアの番組制作クルーと共に「むすびの里」に取材に来ました。

日本の武道を理解してもらう為には、武道の歴史や、その背景にある神道などの日本文化の理解が重要性だということを説明し、熊野古道、楯が崎、鬼が城、花窟神社、飛鳥神社なども取材してもらいました。

また、熊野鬼城太鼓の皆さんに、「むすびの里」で太鼓の演奏をしていただいたところ、たいへん感激して取材してくれました。

「Body Huck」の番組放映は来年4月、その後「Discovery Channel」等で世界に配信されるとのこと。
熊野と日本文化を広く世界の人々に知っていただければ幸いです。

野菜

草地を開墾した畑の野菜が育ち、実りを戴けるようになりました。

カボチャ


ナス


ピーマン


落花生


トマト


さといも


菊芋


サツマイモ


メロン


パプリカ


オクラ

在所共同体の生活は、その土地の自然風土、産土神達(土地のエネルギー)、歴史と未来、祖先と子孫、全ての生き物と一体となって生きる日々です。
その土地の歴史を継承し、未来を創造するため、その土地の生命活動に加わり、自然と人々が一体となって生を全うします。
在所共同体の生命活動は、人間が地球そして宇宙の生命活動に参画するものです。生を頂戴し命を育む日々に感謝です。

「熊野飛鳥むすびの湯」できました

仲間の伊藤三輝君のお爺さんが、手作りの檜風呂&杉風呂を「むすびの里」に寄付してくれたことがきっかけで、「むすびの里」露天風呂プロジェクトが立ち上がりました。
とはいっても、何しろ資金がないものですから、地元の皆さんのお手伝いと仲間の皆さんのよびかけによる募金によって実現したものです。

お風呂の燃料は薪。
本日、ついに薪窯に火をいれました。
火入れをしてから1時間、湯量1000リットルの檜風呂をお湯で満たすのに30分、きれいなお湯が張った檜の露天風呂にみんなで入りました。
奇麗な新緑を眺め、大又川の川の音を聞きながら入るお風呂は最高でした。

まさに、多くの方たちの「むすび」の力でできた「熊野飛鳥むすびの湯」!

御恩に感謝し、多くの方に入っていただきたいと思います。

皆さん!「熊野飛鳥むすびの湯」にどうぞおいでください!

なお、小野さん、小牧さん、葛城さん、宮本さんが呼びかけ人となって活動している「露天風呂募金」は、締め切りが8月末までとのことです。

家族「ひさ」の紹介

昨年の大晦日、隣の五郷町に住む森野家からむすびの里に養子に来た愛犬「ひさ」。
アイヌ犬と琉球犬の雑種で後ろ両足に水かきのある6っ本指が特徴の中型犬。

つい最近まで、「わん」と吠えることもなく、毎夜、シカやイノシシがむすびの里の敷地を走り回っても怖気づいていた「ひさ」。

今日は、近くの福山さん宅の檻罠にイノシシが捕まったので、ひさを連れて見に行った。
猟犬の子らしく勇ましくイノシシに向かっていく「ひさ」。

誰にもなつく愛嬌いっぱいの「ひさ」が、立派になってきた。

畑作開始

更地を開墾し、石灰をまき牛糞を積んだ畑にようやく野菜の苗を植えました。

先ずは、カボチャ、メロン、茄子、ピーマン、パプリカ、オクラ、山芋、ジャガイモ、菊芋、落花生、生姜、トマト
少しでも、自然の恵みを頂戴できたら幸いです。

いろいろ試して勉強して、自然の成長と創造活動の一端に参画したいと思います。

***おまけ***

少々フライング気味ですが、紅梅の子梅ちゃんで梅酒を作ってみます。
この後、梅干し、梅ジャムも!

自然のリズムに調和して生きることは、毎日が豊かで本当に幸せなことです!

熊野灘の神話

三重県熊野市【楯ヶ崎と海金剛】

「日本書紀」に曰く

瀬戸内海を渡り、難波から上陸し大和を目指した神武天皇一行は、長髄彦(ナガスネヒコ)の抵抗に会い退却します。
この際、長兄五瀬命(イツセノミコト)が矢に当たり負傷して崩御。和歌山市の竈山に葬られます。
日を背にして大和に向かうべく、紀伊半島を迂回した神武天皇一行は、先ず、新宮の天磐盾(アメノイワタテ)にのぼり敵情を把握。開豁した七里御浜を避けて海を北上しますが、海難に会い、次兄稻飯命(イナイノミコト)、三男三毛入野命(ミケイリノノミコト)は、海難を鎮めるため自ら海に入水します。

神武天皇も目にしたであろう熊野の海岸線

それはちょうど、三重県熊野市有馬の花窟神社に葬られた伊弉冊尊(イザナミノミコト)の前あたりでしょうか。

そして、最後に残された四男神武天皇が大泊~新鹿~楯ヶ崎のあたりに漂着し、そこから陸路、橿原に向かわれ大和を創建されます。

熊野は山川だけでなく、海も神話の宝庫です。

楯ヶ崎の目の前で鯨が迎えてくれました。