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カテゴリー: 仲間紹介

【仲間の紹介】川口卓男さん

『川口卓男』さん

海上自衛隊の航空基地要員(1年半)で退職。
その後、民間企業で20余年。
現在、民間警備員で自衛隊の様な活動はできませんが30年ぐらい前、教育隊で「海自に陸戦隊必要」を所感文で書いた記憶が。
また、中学時代、部活(羽球)で三浦半島優勝や県大会出場まで導いてくだされた理科の先生が「東京理科大」卒。体育の先生が「日体大」卒でした。
体育の先生からは、銃のお話を伺ったことも。
荒谷卓先生「東京理科大」卒、伊藤祐靖先生「日体大」卒。
よろしくお願い致します。

佐藤正久後援会会員 宇都隆史後援会会員 柔道(初段)
国際地雷処理・地域復興支援の会 賛助会員
日本地雷処理を支援する会 賛助会員
東郷会(東郷神社内)会員 
掃海母艦うらが後援会(鴨居八幡神社内)会員
隊友会会員 水交会会員 三笠保存会会員 曹友会会員
棚田ネットワーク会員 大豆100粒運動を支える会会員 豆くらぶ会員
フードバンク横浜他2団体 賛助会員
西村京太郎ファンクラブ会員 按針のまち逸見を愛する会会員
第一級陸上特殊無線技士 第三級海上無線通信士 航空無線通信士

写真は、10年近く前、陸上自衛隊予備自衛官(語学)の方に須崎御用邸付近で、撮影して頂いたものです。

【仲間の紹介】荒谷健道さん

『荒谷健道』さん

荒谷 健道/アラヤ タケミチ/CODE代表

ART×LIFE
挑戦し続けること。言葉にもできない未来を思考することがクリエイティブであり、それを叶えた成功体験こそが“アート”である、が私のモットーです。

むすびの里には何度か手伝いに伺ってはいろんな方々にお会いしていますが、ここの仲間達は様々なプロがいて、アプローチも思考も様々ですが目指している未来は共通している気がしています。だからこそ多様で豊なコミュニティーができていて、そこが実に面白い!これから熊野にいく機会も増えそうなので今回仲間になることにしました。時々むすびの里の食堂でご飯をつくっています。お見かけしたときはお声をかけてください。よろしくお願いします!

早稲田大学人間科学部環境科 環境心理学専攻
ゼネコン営業→建築設計事務所→インテリアデザイン事務所→公園プロデュース→独立

クリエイティブスタジオCODE
“感動の力で世界を動かす”を基本理念に、クリエイティブを通じた社会貢献をミッションに活動しています。プロフェッショナル領域は空間デザインですが、現在は経営や企画〜運営までなど全体を包括したクリエイティブ支援なども行っています。

認知科学コーチ
挑戦をし続ける人を支援するため、対話による内省や未来への縁起を通じて心“の使い方”を教えています。

【仲間の紹介】勝又隆弘さん

『勝又隆弘』さん

はじめまして、
勝又隆弘と申します。
中学校を卒業してから建設現場で働き始め、令和3年で建設現場育ち25年になります。
自分のことだけを考えて生きてきた私が世の中のことを考えるきっかけになったのは、中国人留学生の女の子と同棲したことでした。
お互いに結婚を意識していましたが、ご両親に「日本人はダメだ」と反対され別れることになります。理由は何度聞いても「日本人だからダメ」だけです。
これが私の中で「俺は日本人だ」と強く意識するきっかけになりました。
自分が生まれた国のことを何も知らなかった私は、先ずは歴史を学んでみました。
「南京大虐殺」「従軍慰安婦の強制連行」なるものは中学校の授業やテレビで聞いたことがあり、はだしのゲンというマンガも読んだことがあったのですが「そんなことがあったのか」程度の認識でした。
ところがどうでしょう、知れば知るほどに相手側の主張との矛盾に気付くようになり、より学びにのめりこんでいきます。
その学びの中で私の曽祖父が陸軍軍人だったこと、家族みんなで満州国に移住したこと、曽祖父は現地でソ連軍の捕虜になりシベリアで病死したこと、曾祖母と子供四人のうち三人はソ連軍の南下により日本人が避難した部落で行方不明になったこと、そして子供四人のうちの一人の祖母が、たまたま静岡県に残っていて、そして母が生まれ、私が生まれたことを知ったとき、それまでどこか他人事だった歴史が自分にもつながっているのだと気付くことができました。
日本の為に生きた先輩たちの生き様を知って何もできていない自分が情けなくなった私は「自分にも何かできないか」と考えるようになり、今は参政党という政党に入り私なりに政治や政策を学んでいます。
他に、長く続く日本文化の一つ、お正月の意味を知ってもらいたいという思いから、正月飾り用のしめ縄つくりの体験会と、私の身近な人が犯罪被害に遭ったことをきっかけに、加害者の思考と視点を把握して犯罪被害を未然に防ぐ為に役立つことをお伝えしたいと思い立ち、女性や子供向けの防犯研修を行っています。

むすびの里の「世界の人々が共に未来を築ける共同体を創る」活動に強く賛同致します。
宜しくお願い致します。

【仲間の紹介】高岡竜司さん

『高岡竜司』さん

昭和50年生まれ 愛媛県新居浜市出身 

高校3年の時に極真空手の門を叩き!高校卒業時に東京へ就職と同時に空手三昧の生活を送る。キックボクシングも経験あり、12年ほど経ち地元愛媛新居浜へ帰郷。

昔から神社仏閣参拝が趣味で、伊勢神宮・出雲大社など毎年参拝しています。信心深いほうですね。

また空手やキックボクシングの他にも古武道古武術に興味を持っています。

自分が目指す境地は徒手格闘術に長けたSAMURAIを目指しています。

【仲間の紹介】溝内裕文さん

『溝内裕文』さん

兵庫県姫路市出身。
昭和39年(皇紀2624年)生れ。
昭和62年 近畿大学卒業。

自分から26代遡ったご先祖様の人数は、日本の総人口と同じ1億3千万柱、更にもっと遡ると、世界の総人口と同じになります。国家や民族が違えども、ご先祖様をめぐると我々の祖先は同じであるということ。『八紘為宇』まさに「世界は一家、人類はみな兄弟」だということです。ならば、その兄弟姉妹である人類と、その家である地球(世界平和)のために、全身全霊を尽くすことが天命であると考えます。
現今の日本人には、我欲のためだけに生きようとする、自己中心的な小人が数多存在します。それは、理性万能主義、行き過ぎた個人主義の由来によるものであり、GHQに押し付けられた占領憲法と、その下での歪んだ戦後教育、そして賭博経済による拝金主義の蔓延が要因であり、それらを根本から見直し考え方を改めるべきだと思います。
商いを生業としている私は、経済が「経世済民」「経國済民」との認識の下、商人たるものの行ないは、世のため人のため国のためでなければならないと考えており、それには、本能で自分は「生かされている」ということを素直に受けとめること、そして、「ありがとうございます」「おかげさまで」という感謝する気持ちと、おもいやりの心「忠恕」を精神(魂)として、日本の真の独立と自立再生のために生を全うしたいと考えています。

【仲間の紹介】三宅正洋さん

『三宅正洋』さん
昭和34年生まれ。岡山県倉敷市出身です。
昭和57年に武蔵大学を卒業し、日本ハム株式会社に就職。一昨年38年間務めた会社を定年退職。
現在は、企業年金と保有不動産の賃貸で収入を得ています。
退職後は、小説を書くことを目標に昨年末一先ず所期の目標を達成いたしました。
50歳を手前に心身に不調が生じたことから、写経等を始めました。
そこから日本の神々に強く惹かれるようになり、少しづつ神社参拝や神事に参加するようになりました。
今は大阪府内の神社を巡っております。神社の気に触れることで自分が浄化されているように感じています。
荒谷様の事をネットで知り、大いに共感した次第です。

【仲間の紹介】岩崎隆さん

『岩崎隆』さん

荒谷さまのご講演をお聞きし、またご著書を読ませて頂きました。
たいへん共感、共鳴いたしました。
今後ともいろいろ学ばせて頂きたいと存じます。
私は荒谷様とは違い、お調子者の、いたって軽い、肝は据わらず、元気で明るいだけが取り柄の人間であります。60過ぎという年齢の割に苦労も知らず、これと言った大きな難局に合うことなくここまで生きてまいりました。
ただ、日本の現状を嘆き続け、少しでも世の為、人のため、もちろん自分や家族、自身の会社社員のために何ができるのかを考え、小さなことではありますが、積重ね、何とかここまで人生を大過なく過ごしてきた人間でもあると考えております。
今は、前職で経営しておりました印刷紙器ダンボール関連の会社を後進に譲り、新しく、令和元年にみちびらき株式会社を創業いたしました。
先に申しましたように、日本の現状を嘆くとともに、日本、日本人の素晴らしさを心底感じてきた人間でもあります。素晴らしい日本、日本人に学ぶことが全世界の為になると信じて疑わない人間であります。当社は、日本の素晴らしさを日本人はもちろん広く海外の方にも実感してもらえるような体験型の学びを提供したいと考え創業いた会社であります。観光的観点でのうわべだけの、楽しいだけの体験とは違う、人として生きる上での真の学びができる、経営者としての理念、哲学を実践的学ぶことが出来る、人として大切なコトは、考え方である、そんなことが学べる旅を提供したいと考えております。

【仲間の紹介】豊田浩さん

『豊田浩』さん

こんにちは今回結びの里に仲間として入る豊田 浩です。
職業は柔道整復師を11年やっております。
趣味は、釣り、釣った魚を料理する、ビリヤード、ダーツです。
こちらでお世話になる際は趣味の釣りをいかせればいいなと思っております。
これからよろしくお願いします。

【仲間の紹介】永野聖さん

『永野聖』さん

西南学院高校から立正大学卒業。
昭和57年、第63期U課程で陸上自衛隊入隊、任官後、まことに恥ずかしながらお国のために全く役に立てず、「八十里 腰抜け武士の 越す峠」の心境で原隊の第104通信運用大隊無線中隊より除隊。
帰郷して広告代理店に勤務後、鹿児島県職員として23年勤務。ホテルマンとなるも、鹿児島県阿久根市が公募した一般課長職に応じて水産商工観光課長として市役所へ。公務員制度改革派と改革阻止派との根深い闘争の渦中で、記者クラブ・マスコミがいかに権力側と癒着して情報隠蔽と陰湿な印象操作を行い、疲弊する庶民の哀しみを尻目に既得権益をあさましく守るかを目の当たりに。
除隊後の歳月では、国旗国歌闘争に始まり、南京屠殺記念館への公立高校修学旅行阻止、南京百人斬り冤罪訴訟支援、反日教科書是正の社会運動に取り組む中で、日教組と自治労との戦いで「反面教師」にはじゅうぶん恵まれた。現在はフリーライターを「自称」しつつ、ほんの申し訳程度の会社務めを地元で。縁あって島根日日新聞に「オレンジビーチ」のタイトルで連載したパラオ・ペリリュー戦を描いたノンフィクションノベルを、5年ほど前に展転社から「絆抱くペリリュー・日本を愛する島」と改題後に単行本化していただき、靖国神社へ奉納できたのがこの歳月の僅かな成果。今は、昭和17年5月末にシドニーとディエゴスワレスを特殊潜航艇で襲撃して果てた若者達の物語を創作中。
むすびの里が颯爽と掲げる高邁な理念と国を愛う赤誠、そして確かに刻まれていく眩しい歩みに、文字どおり微力ながら敬意を払わせていただきたいです。
どうぞよろしくお願い申し上げます。