荒谷先生にたびたびご登場いただいている、雑誌『維新と興亜』副編集長の小野と申します。
個人でも文筆活動をしており、日本の根本精神にのっとった社会になるよう望んでおります。
戦前あるいは江戸時代以前の先人はそのことがわかっていましたが、戦後日本人は自らの文化が何であるかすらわからなくなってしまいました。
そのことについて先人の発言を参照しつつ論じています。
荒谷先生にたびたびご登場いただいている、雑誌『維新と興亜』副編集長の小野と申します。
個人でも文筆活動をしており、日本の根本精神にのっとった社会になるよう望んでおります。
戦前あるいは江戸時代以前の先人はそのことがわかっていましたが、戦後日本人は自らの文化が何であるかすらわからなくなってしまいました。
そのことについて先人の発言を参照しつつ論じています。
【自己紹介】
ENEOSでのキャリアの終盤に、責任者として長い年月をかけて育ててきたバイオ事業が、約300人の従業員とともに売却されるという出来事を経験しました。自ら心血を注いできた事業が、最終的には「金額」として評価され売買される現実を目の当たりにし、株主資本主義の本質を垣間見たように感じました。以前から「ビジネスとは何か」「豊かさとは何か」という問いを朧げながら抱いていましたが、この出来事を契機に、18世紀の産業革命以来の西洋文明が抱える矛盾に強い違和感を覚えるようになりました。そして、農山村・中山間地域には、まだ原形をとどめる共同体社会が息づいており、そこにこそ日本が取り戻すべき大切なものがあるのではないかと考えるに至りました。ご縁があって山口県岩国市周東町祖生地区の山村に移り住み、森林組合に勤めながら、わさび農業の開始や農家林家民宿の開業に取り組みました。しかし折悪しくコロナ禍の影響を受け、経営が立ち行かなくなったため、一旦首都圏に戻り、かつて携わったバイオ事業の次のステップとして、医療・医薬分野の仕事や大学発技術の社会実装支援などに再び取り組んでおります。現在も、近い将来なんとか地域に戻ることができるよう、準備を進めているところです。熊野飛鳥むすびの里が掲げる「共生・共助・共栄」の理念と、その具体的な実践に大変深い感銘を受けました。私自身も、農山村の共同体に根ざした日本再生の道を模索している一人として、この度、ぜひ末席に加えていただきたく参加を希望するものです。どうぞよろしくお願いいたします。