私は、昨年10月、同志と共に、三重県熊野市飛鳥町に移り住み、共同体創りを実践することにしました。
ここでは、交換価値という資本主義的な尺度から離れ、「相互に助け合うこと」「世のため人のために力を尽くすこと」に価値を見いだし、共に生活し共に生きることで、自らの内に守るべき日本を顕現します。
私たちが守るべき日本は、主権、国民、領土などといった近代に作られた抽象的概念ではなく、文化、伝統といった日本が日本たる実態です。なぜなら、自分が日本人になることなくして日本を守ることなどできないからです。
せっかくですから、夢は高く持って、日本全国、さらには全世界において、自立した文化共同体社会をそれぞれの自然風土の上に打ち立て、相互に敬意と信頼で結びたいと思います。これによって、ひとつ屋根の下に全人類が共生できるよりよい世界を創造することに貢献しようとするものです。
私たちは、今後手を携えていく同志と共に、この活動を通じ、ポスト・グローバル資本主義の時代を「大丈夫(ますらお)」の気概を持ってリードする実践的挑戦者として自己を位置づけ、伝統慣習文化の上に未来を築く現代の武人(たけきひと)でありたいと思います。
今、私たちが見ている星の多くは、人類が生まれるより前に消滅しています。その星々が活きていた過去に生成され、放出されたエネルギーが、数億、数十億光年かけて、今の宇宙を循環している様を私たちは見ているのです。
同じように私たちは、過去に祖先が創造してくれた無形・有形の遺産のおかげで、今に活きています。そして、今、私たちが為している活動が、未来の子孫のために役立ちます。
私たちが今為している創造活動が、全体として統合されたエネルギーになるには「時」が必要です。異なる時代の複数の場所から生まれたエネルギーが、ある時、ある場所で結びつき統合される。つまり「時」は、遠く離れた空間にあった個々のエネルギー活動を統合する次元軸です。
そう考えれば、過去の人々の意思と行動がエネルギーとして今の私たちに還元し、今を活きる私たちの意志と行動は一体と成って、未来のエネルギーを創造していることがわかります。
今の私たちの意志は、今すぐ成果として顕れなくとも、エネルギーとして「時」を循環し、いつか未来の人たちと一体となって輝きを増します。
「時」は、空間と時代を超えて個々のエネルギーを循環させ統一するフィールドであり、過去の今が現在の今に還元し、現在の今が未来の今に還元するのです。
「今」を大事にすることは、過去の出来事に意義を持たせ、よりよい未来を作ることにつながります。逆に「今」を無駄にすることは、個人のみならず人類の、そして地球の自然の営みとこれまでの努力を無駄にし、子々孫々の未来を破壊することにつながるのです。
「今」この時に、人間一人ひとりが何かを為すことは、「時の中心力」を増す、とても意義のあることです。
祖先の霊エネルギーが今の私たちと一体となっているように、未来の誰かのため、地球のために力を尽くすことで、私たちの産霊エネルギーは子孫の中で生き続けます。
過去から未来に生きるすべてのものとの一体感を自覚し、今この時に力を尽くす。それが、私たちが宇宙に生まれてきた重要な意義だと思います。
私たちは、物質としての肉体の共有はできませんが、心や精神や霊の共有は可能です。光エネルギーも、熱エネルギーも、力エネルギーも、物質のような境界はなく、交われば統合された一つのエネルギーになるように、私たちの意志のエネルギーも交われば一つのエネルギーとして統一した力になります。
「自分のために」というエネルギーは、ほかの人と共有できないので広がりを持たず、その人の死で終わります。
「世のため、人のために」力を尽くそうという思いは、人類と自然の成長発展に貢献しようという思いにつながり、そこから生成されたエネルギーは、同じ時代に生きる人々のみならず、時を超えて生きる人々の心をも感化し共鳴させます。そして個々人の努力が一体化して地球と宇宙を創造し続けるのです。
一人ひとりの努力は、ちっぽけなものではありません。私たちは、「今」という「時の中心」に存在しています。私たちが「時の中心力」なのです。その時の中心力を増せば、歴史は力を増します。私たちが中心力を減衰させれば、歴史は力を失います。
今が、「時の中心力」であること自覚し、力を尽くせば、人類の歴史に光をともし、よりよい世界を創造し、地球と宇宙を進化発展させることができると信じ、この新たな1年、一日一日を精いっぱい生きてまいります。
おやじ 荒谷卓