令和の御代の二日目。
雨が明けて快晴の下、田植えをしました。
自治会長の花尻さんの指導と合宿参加の皆様の力を借りて、人生初めて自分の田んぼの田植え作業ができました。
お米の稲が植えられた田んぼは、本当にきれいでした。
飛鳥神社さんに奉納できるお米ができるように頑張ります。
日々の生活雑記
「むすびの里」も、田んぼや畑の仕事が始まり、また、御代替わりの連休は、自衛官合宿と武道合宿が開催されます。
とても忙しくなると思われます。
そんな中、紅梅の木にたくさんの梅が膨らんできました。
1月9日に最初の一輪が開花し
3月の中頃まで咲き続けていた紅梅。
桜とバトンタッチをするかのように、赤い花びらを落として沈黙していました。
桜が終わるころを見計らったかのように、かわいい梅の実が膨らんで、また存在感を大きくしています。
6月前に立派な実がなるかもしれません。
今年は、梅酒や梅漬けにさせて頂きます
こうした自然の営みと恵のありがたさに感謝して暮らしていると、自然から切り離された人間の営みが、自然にも人間にもストレスを与えていることに気づきます。
やはり、自然の一員である私たちは、自然の営みに参画して生きていくことが一番幸せなことなのでしょう。
自然に生まれ、自然に活き、自然に帰る。
その循環の中に、私たち一人一人の大事な役割があるのだと思います。
先週の週末から、大勢の方が「むすびの里」にお出でになりました。
星さん、食事、お掃除などいろいろときっちりやっていただきありがとうございました。岩井君、朝比奈君、田んぼ、草刈り、地均しとフルに仕事していただきました。ご苦労様!
松浦さん、畑作りから田んぼの畦塗までありがとうございました。
そして、神谷さん率いる「イシキカイカク大学」の皆さん薪割ご苦労様でした!
さて、今日は、朝から「畑作り」。
これまでも、少しは試してみたものの、あっという間にシカ・イノシシの食事になってお終い。
今回は、本格的に畑に挑戦です。
自分たちで食べるだけなので、先ずは10m×10mから。
しかし、大又川沿いの石ころだらけの土地は鍬では歯が立たず、ユンボ出動!
土地の守り神のような大石まで出てきました。
ということで、この大石は、畑のシンボルに。
本日は石ころの除去まで。
まだまだ続く。
今日、田んぼに水を張りました。
31日に本郷の皆さんと掃除をした堰に、大又川の清流が注ぎ込み、耕した田んぼに広がっていきます。
なぜだかわかりませんが、とても嬉しく、生きる気合がみなぎりました。
いいお米を作り、飛鳥神社に奉納したいと思います。
~~~「サムライ精神を復活せよ」から抜粋~~~~~~
稲作文化は、日本社会に共同作業を通じた共助文化を形成しました。稲作は人々をその土地と共に生きる文化を育みました。
その土地の自然風土、その土地のエネルギーである産土(うぶすなの)神、その土地の歴史と未来、その土地に生きた祖先、その土地のすべての生き物と一体となって生きる人々が在所共同体です。
その土地の歴史を継承し、未来を創造するため、その土地の生命活動に加わり、全力で生を全うしようとする人々です。在所共同体の生命活動は、人間が地球、そして宇宙の生命活動に参画する最も自然的な状態で、この在所共同体があっての国家、そして世界が存在するのです。
在所共同体は一体として成長する生命共同体ですから、個人の成長は社会の成長であり、そこから自然に共に生きる人々の横のつながり、祖先や子孫との縦のつながりへと広がります。絆と共助が生まれ、「まめまめしい」「気が利く」「思いやり」などの「和」の文化が育まれます。
その共生共存共栄の文化は慣習秩序を醸成し、「利他は徳」「人様に迷惑をかけない」「世のため人のため」といった社会規範が自然にできてきます。
三重県友の会熊野支部の開催する史跡研修に参加させていただきました。
ここ飛鳥一帯は、京都から見ると吉野の奥に当たる地域。
吉野に皇居を構えた南朝の人々が、今日の勢力に追い詰められて行く先は、北山を経て熊野市の流谷(五郷~飛鳥一帯)になるのでしょう。
昔は、役行者も通ったであろう修験の道「大峯奥駈道」を敵に追われてくる道のりは厳しかったはずです。
飛鳥町には、後南朝の皇子たちの遺跡が多く残されており、特に南朝最後の皇子「市河宮尊雅親王」終焉の地「光福寺」は感慨極まるところであります。
また、五郷の隣の神川町には後醍醐天皇の皇子「大塔宮護良親王」がお隠れになった竹原八郎屋敷跡が「花知神社」として残っており、護良親王と竹原八郎が祀られています。
南北朝の時代は、今の私たちに、たいへん多くの教訓を示唆してくれます。
「天下は破れば破れよ。世間は滅びば滅びよ。人はともあれ我が身さえ富貴ならば」
これは、日本史上最も穢れた足利治政下の世情を現したものです。
まさに、南朝が滅びると時を同じくして応仁の乱がおこり、日本は「和」の利他の文化を捨て、下剋上に象徴される利己主義に覆われます。
「国は破れようが、社会が滅びようが、自分さえよければそれでいい」という現代の日本の世情は、まさしく、日本史上もっとも醜かった戦国時代に酷似しています。
天皇陛下の大御心を無視する政治に支配されると、日本は醜い国に成り下がるのはいつの世も同じです。
このような人心が乱れた世を修理固成できるのは、天皇陛下とその大御心に副い奉る国民しかおりません。
最後まで、南朝天皇と皇子を支えた流谷の人々の偉業を、私は継承したいと思います。